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寒い時期 モンテの試合の後は納豆汁
2010-01-30 Sat 23:46
秋葉原 連続殺人の初公判が行われた訳だが。

あの犯人の弟が事件後、
育った状況をマスコミに語った内容を読んで愕然。

犯人の母親の厳しさがかなり私の母親に似ている部分があって、ガクブル。
まかり間違えば、私も犯罪者になっていたのかも…
と、ちょっと寒気がした、2年前。


で、私がそうならずにすんだのは何でだろ?って。

思い当たるのは、
「いつも会話が絶えない家族だった」
(まぁ、喧嘩もこみだ はははのは)

思えば私、親にとってそーとー、
憎ったらしい子供だった(笑)

だけど、母親もまた、
私にとって、そーとー!憎ったらしい親だった!

だが、取りあえず、いっつも会話があった事。
それで道をあやまらずにすんだのかなぁと。

んでね!
あとひとつ。
「いつも温かいご飯が用意してあった事」

正直、親とか周りのプレッシャーとかで息苦しく、
家に居るのが嫌で嫌で、家に居たくなかった私。
そして、それは最近までそうだった。

でも今考えると、必ず朝ごはんと夜ご飯、
手料理の温かいご飯が待っていた。

それって、大変な事だよなぁ。

当たり前だと思っていたけど、
大きかったのかもなぁと。

今になってやっとわかったよ…。

「会話と食」は、ホント、大事なんだなぁと。


だから私は、こうして無事に平和にブログを
書いていられ、家族とモンテの話を出来る。


納豆汁
大宮戦後

去年のホーム、大宮戦の後。

スタジアムを出る時、
弟と「寒い!」と叫びながら、歩いた。

体が凍えて、車に乗り込むときに、着替えをして、
「ファーストチャレンジ」のタオルマフラーを
落としてしまったのに気が付かなかった。

J1に昇格して、ずっと一緒だったタオマフ。

「ファーストチャレンジ」という文字に
願いがこもっている気がしてた。

J2の時よりも、1点が遠く、
大変だったらこそ、
その喜びは倍増し、その時の嬉しさが
自分のタオルにしみこんでいる気もした。

どこかで落としたとわかった時、
狼狽したし悲しかった。
めちゃくちゃ悲しかった!

でも、同時に思った。
「ファーストチャレンジ」のタオマフを無くしたってことは、
「ファーストチャレンジ」を卒業できるって事だ、きっと!
と。

きっと残留できるってフラグがたったって事だ!と。

実際、本気でその時は、そう思ったのだ。


凍えて帰って、
その夜のご飯に出たのが納豆汁。

おととしも、書いたなぁ、このブログに。
「寒かった試合の後は、温泉と納豆汁で全てOK!」


納豆汁って、家によってレシピが違うらしいよね?


うちは、↑みたいな感じ。

因みに、「訳がわからない…。」
という県外の方や他サポの方のために
簡単なレシピを(ま、うちの実家のだがな)


1.こんにゃく、豆腐を角切りに(1.5cm位?)

2.油揚げ、芋がら
(よーするに、サトイモの茎を干したやつ。仙台の人はヤマザワで売ってるよん。それ以外で手に入らない方は無しで)は、食べやすい大きさに切る

3.それらを入れた味噌汁を作る

4.すり鉢で潰した納豆(擂るのでは無く、すりこ木で納豆がペースト状になるまで潰す)

5.3にペースト状になった納豆を加える
(一度に加えず、すり鉢で潰した納豆にお玉一杯分ずつ加えて溶かし、だまが出来ないように)

6.納豆を加えたらゼッタイ沸騰させない

7.仕上げに刻んだねぎと、せりを加え出来上がり
(せりが結構キモなので必ず加える)

8.おわんに盛ったら好みで七味を加えて
いただきまーす!


寒い試合の後にドゾー!

山形の郷土料理です
(新潟の一部でも食べるらしいが)

今年のホーム開幕戦、レッズとの試合の後にでもどぞ。


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NDスタの帰りに立ち寄れる道の駅があったなんて…お勧め!
2010-01-27 Wed 23:49
去年の備忘録その3。


リーグ最終戦のマリノスとの試合、次の日の事を。
(古い話ばっかでスマン…)

弟が、「ファンクラブに入会したい」と言うので、
スポーツ21へ。

スポーツ21の事務所
マリノス戦後

たまたま誰もおらず…。

奥に見えるのは、我らが海保理事の机?


ファンクラブの手続きが出来なかったので、
寄り道して帰る事に。

スタがある所からほど近い、天童の道の駅へ。

道の駅内部
マリノス戦後

規模はさほど大きくないが、農産物から手土産の菓子まで
一通りある感じ。

だだちゃ豆アイス
マリノス戦後

このブログ、有難い事に他サポの方も
沢山訪問していただいているので…
ちと山形関係の宣伝を(笑)

だだちゃ豆アイス、うまいですよ~!
枝豆のツーランク上位のコクが。

地元ワイン各種
マリノス戦後

山形は意外にもワイナリーが沢山有り、
いろんなワインが。

さくらんぼワイン、ラフランスワインとか、
山形ならではのモノは、お土産にもお勧め。

玉こんの缶詰
マリノス戦後

秘密のケンミンSHOWで紹介されたらしいw

でもさー、玉こんを缶詰?
え~…。

これは結構驚きアイテム&ウケた。

そういや、
「玉こんてさー、スルメを出汁に使っているんですよー。」
と言うと、県外の人は、
「えー!スルメ?だからあの出汁が出ているのねー。なるほどねー!」
と、感心してくれたりするんだよね。

私も常々感心してるもん、玉こんの出汁にスルメを使うって考えた人、
天才!って(笑)

足湯
マリノス戦後

道の駅に併設されていた足湯。

もちろん、無料!

スタから数分のところに、こんな施設があったとは知らなんだ。


富有鶏
マリノス戦後

天童の道の駅で購入したものその1。


鶏肉のサラミみたいに見えるが、
しっとりしていて、美味しかった!
リピート買い決定!

男前にんにく
道の駅

ちょ…www
このイラスト!(笑)

「あなた好みの男前にんにく」って商品名(笑)

うまかったよ。
丸ごとにんにくだが、さくさくしていて。

だから、「やば…。やばいよ…これ以上食べたら、にんにくくさくなってしまう…。」
と怯えつつ、手が止まらないっつー。

もうね、恐怖を覚えつつ食べるものなんですよ(笑)

で、おすすめ!(笑)



酔芙蓉
マリノス戦後

私はこのお酒、知らなかったのだが、
おととし、「まぼろしの酒」とか言われていた地酒との事。

なかなか手に入りにくいお酒だったので、
おととしあたりは、飲み屋でもグラス単位でしか
出してくれなかったりしたらしい。

飲んでみたが、案外しっかりした後味。
室温よか、少し冷やした方が美味。

やたら漬け
道の駅

いつの間にか、弟が私の分も買っていて。

だ・か・ら!そんなに気を使わなくてもいいっての!
(それが3人兄弟の真ん中に生まれたサガなんだろうか?)


弟の友達が、山形に帰省するとこのやたら漬けを買って帰るのだそうだ。


初めて行った、天童の道の駅。
NDスタの周りって、何も無いイメージだったが、
山形の人だけじゃなく、
アウェーサポの方にもお土産を買ったり、
足湯に入ったり出来るし、気軽に立ち寄れる場所が
あったんだなぁ。


高速の乗り口にも近いので、
アウェーサポのみなさん、時間がなくても大丈夫です。
是非ドゾー!




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畑谷城に行って考えたモンテの事 その2 【敵だった私達】
2010-01-23 Sat 13:03
前回の続き…。

ジュース
畑谷城

城址の入り口にある売店(?)みたいな所。
自販機では無く、↑のようなシステムなのが、素朴でカワイイぜぃ!


畑谷城全景
畑谷城

立派なもんだったのだなぁと。

ここは山辺で、北側(?)から山形を攻められたときの入り口だったのだなぁと。

よしてい
吉亭

その時のご飯は、よしていで蕎麦を。

天ぷら
吉亭

私はここの天ぷらの盛り合わせが好きだったのだが…。

蕎麦を食べ終わった後も天ぷらが来なくて、
「天ぷら頼んだんですけど…まだでしょうか?」
と、聞いたら、店の親父さんらしき人が、
「天ぷら頼んだのだれ!」
とか、怖い顔で後から天ぷらを持ってきたので、
何で私達、怒られてるの?と正直興ざめ…。


私達は何も言わなかったのだが、
レジの人が「忙しくて。すみませんでしたねー。」
とか謝っていたのが気の毒だった。

よしていの蕎麦
吉亭

細めで県外の客も食べやすいからだろうか、
ここって、宮城からの客が多い。

盛りは山形にしては少な目(以前はもっと多かったような?気のせい?)

弟は盛りが少ないのが不満みたいだったwww
(だったら県外の蕎麦なんて、殆どそうだっつーの、笑)

長谷川選手のサインが
吉亭

以前来たときは無かったのに、いつの間に来たのだ!
と、ちょっと嬉しかったり。

長谷川選手、蕎麦好きだよねー。
彼は、蕎麦を食べていると痩せてしまうらしいで、
シーズン中よりもシーズンオフにねー(笑)


で、その時、畑谷城跡に行ってすんごーく思った事&弟と話した事。

山形って、山が多くて庄内、村山、置賜と山で仕切られていて、
文化や方言も違う。

置賜と村山は、最上軍と上杉軍で敵味方、戦った間柄。

「もう一つの関ヶ原の戦い」と言われる壮絶な
「慶長出羽合戦」を戦ったりしたのに、
今は同じ「山形県」。

同じ「モンテディオ」を応援し、
モンテが勝った時は同じ「スポーツ県民歌」を歌う。

それって、隔世の感があるなぁと。
今って、やっぱり平和だ!

平和で、幸せなんだなぁ…と。

何百年前に敵と味方で斬り合っても、
こうやって同じサッカークラブを応援してるって、
何だかすごいなぁと、しみじみ。


直江や義光はどう思うんだろうか?

案外、笑って喜んでくれていそうな気がする。
「平和よのう。」と。

最上義光は娘を処刑されたりしてるし、
武将達は、自分の業(ごう)を受け入れていたとのだは思うけど、
悲しいことも多かったはず。


シーズンが始まれば、
月に1回か2回、また県中から(県外からも)
人々がNDスタに集まる。


でも、そこに、もはや敵味方の分け隔ても無く、
同じモンテを応援する者として集う訳で。

そうだ、私達は同じモンテを愛する同志なんだなぁ…と。

それって、本当はすげー!


そんな有り難みを感じたのでした、畑谷城で。

暖かくなったら、是非、行ってみて下され。





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畑谷城に行って考えたモンテの事
2010-01-23 Sat 01:21
備忘録その2。
これは大宮戦の次の日だったかな?
母に連れられて、弟と私と「畑谷城」へ。

行ってみてモンテの事も含めて、いろーんな事を思った。


場所は、山辺町。

約四百年前、この畑谷で直江兼続が総大将の上杉軍と、
山形の最上軍が壮絶に戦った所。

畑谷城の城主・江口五兵衛光清は、最上義光から畑谷を引き上げ、
山形城に戻るように言われたが、
武士として敵の前から撤退できないと命令を断る。
直江兼続も、江口を評価していて、
上杉軍に加わることを求めたがそれも断った。

江口は、水堀を作って上杉軍を迎え撃ったが、
水門は破られ、畑谷城は落城。

直江は、その際に、「父子共々撫で斬り(皆殺し)」を申しつけ、
村人も含め、500人を皆殺しにしたそうだ。

うちの母は、ボランティアガイドの勉強をしてたりするので、
すごく詳しくて、そんな説明を聞きつつ、
3人で城址跡を歩く。

竪濠跡
畑谷城

横の移動を防ぐための、竪濠(たてぼり)の跡。
400年前のものなのに、結構綺麗に残っている。

大空濠跡
畑谷城

見通しを防ぐ役割もあるそうだ。

かんばん
畑谷城

かんばんもきちんと立っているので、
わかりやすい。

天地人ののぼり
畑谷城

私達が訪れた時はまだ天地人を放送していたので、のぼりが。

この時、11月と寒くなってきた時期にもかかわらず、
結構観光客が居たのは、天地人の効果も勿論あると思う。

でね、私、この畑谷城って、全く知らなかったのだが、
「日本堅城30選」の1つに選ばれているとのこと。
(のぼりにも書いてある)

城址にあった石碑
畑谷城

「旅人よ ゆきて伝えよ 最上のために戦いたおれし者を」

なんかねー、簡単な言葉だけど、ちょっとグッときたり。

考えてみれば、私達が立っていたのは、
400年前に多数の血が流された所。

撫で斬り(皆殺し)を命じた直江は、残酷だと思う。
でも、その時代の優れた武将というのは、
冷酷な部分も持ち合わせていたから
優れていた武将であったという側面もあるとは思う。

その辺りは、今よりもずーーっとドライだと思うのよ、その時代。
価値観も今とは違うと思うし。

だが、やられた方は忘れられないもんだというのは
想像出来る、私にも。

この畑谷地区出身の議員の方が、天地人のドラマが決まったとき、
「皆殺しにあった私達の気持ちがわかるのか!」
と怒ったそうだ。

どんな戦いも、両方の側面があるんだなぁと。

でもね、この石碑が伝えたいのは、
ドロドロした恨みとかではなく、
濠を掘って戦いに備え、必死に城を守り、山形を守ろうとした人達がいる。
それをせめて、胸のどこかに刻んで頭のどこかに記憶して欲しいというような事かなぁと。

こんな壮絶な戦いの事をサッカーの事に例えるのは気が引けるけど…。
私達も伝えたいよね、伝えるのが無理なら、
せめて自分の胸に刻んでおきたいよね。
モンテのために戦いし戦士達を。
これまで、モンテを通り過ぎていった選手達の事。

契約先が決まっていない選手は、早くどこかに…と心配してしまう。

そして、コバリョー&長谷川選手ありがと!

そして…。ごめんね、柏レイソルサポ。
貴方達にとっての「レイソルのために戦いし戦士達」だった訳だから。
大事にするからね…。みんなでこの2人を大事にするから。
だから、お互い、頑張って再来年はJ1で戦いましょう。

で、驚くことに続くのだ(!)


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大分トリニータ戦がきっかけで、あっさりで米沢牛筋煮込み
2010-01-22 Fri 00:25
フォルダにたまった写真が沢山あるので、
備忘録も兼ねて。

去年の10月、ホーム大分戦。
試合前に、川西町のブースで出会った牛筋煮込み。


うちの彼氏がやたら気に入って、
その後、仙台から川西まで食べに(去年)

(因みにその時の大分トリニータ戦 観戦記【まるで憑き物が落ちたように】は こちら

川西って、めっちゃくちゃ遠いのかと思ったら、
仙台から2時間かからない位?だったのでした。

地元の納豆
川西

川西のヤマザワで。
いかにも地元っぽかったので購入。

納豆も、地域によってラインナップが違うのねぇ~。

羽前小松駅
川西

びっくりする位、小さく可愛らしい駅なのだ。

「小松」という地域名で思い起こすのは、
作家 井上ひさし。

彼の出身地でもあり、自分の本を寄贈した遅筆堂文庫も有る。

遅筆堂文庫、以前家族と訪れて、
井上ひさし氏の書き込みや線引きがされている本がそのまま寄贈してあるため、
手にとって見て、面白かったなぁ。

彼の小説で好きなのは、
大学時代に読んだ『青葉繁れる』、
内容は悲劇的なのに、ペーソスが感じられる『四十一番の少年』とか。
貧しい川西の子供達が東京まで野球のボールを買いに行く小説も面白かったけど、
あれ、何だっけなぁ?

あっさりの店
川西

羽前小松駅の目の前。


米沢牛筋煮込み丼
川西

これ、850円ですってよ!
筋とは言え、米沢牛なのに。

あまりの安さに、鼻血ブーッ!なのだ。

米沢牛筋煮込み定食
川西

これ、私の。
950円だったと思う。

は? 1,000円切るの?マジ?な、感じのウマサ。

多分、山形県外だと、
1.5倍~2倍の値段でもおかしくない。
米沢牛ですもん。

筋と一緒の豆腐。
普通、豆腐…。イラネ…な感じな私だが、
これは牛肉の味が沁みててうまい。


こうやって、モンテをきっかけに、
山形の知らなかった味を知るのは楽しい。

高校を卒業してから山形とは縁がなかった私にとっては。
知らない事ばかりだもん。今まで山形には殆ど帰らなかったし。

NDソフトウェア
川西

帰る途中にたまたま遭遇した、
おなじみ、NDソフトウェア。

あの辺の会社なんだなぁ。

私は、NDソフトスタジアム山形というスタジアム名が好き。

だって、「ND」と、
山形なまりの「んだ」をかけて、
「んだスタ」なんていう愛称が付くのが面白いもん。


スタジアムで何度も見たロゴと同じ。
偶然にもそれに遭遇して、
夜空に光るこのロゴがとても美しく見えた私は、
モンテ頭なのでしょうか?(笑)


大分戦と言えば…。
今の大分トリニータは首の皮一枚繋がった感じ。

大分のサポーターは可哀想だよなぁ。
自分とこだったら…と思うと、
胸が痛む(モンテとの過去はおいておいて)

だけどねー、絶対思っていたと思うのよ、大分サポは…。
去年の始めの、ヴェルディの件を見て。
「ひとごとだ、うちは関係ナイや」と。

今の時代、何があるかはほんと、わからない。

モンテが変わらず存在してくれている事に、
ほんと、ありがとう。


追伸:以前、コメント頂いた川西の方、見てますか~?
教えていただいた焼き肉のお店、場所はわかりましたので、
機会があったら行ってみますね!





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佐藤繊維にみるモンテの道 その2
2010-01-18 Mon 11:58
(前回の続き)

弟は仕事柄、山形のいろんな会社の人達と
接したりする機会があるらしくて、
その佐藤繊維という会社に勤める人が言っていたそうだ。

「ものすごく働きやすい会社。とてもいい会社!」と。

これって、今の時代にしたら、
驚くべきこと。

今の時代、急成長している会社って、
それなりの負担を社員に課しているところが殆ど。
(私もそんな会社で働いていた時は「給料はOK!」
だが、気が付くと、「私、顔立ちが暗い…ort。月日が経つのも記憶にねぇ!」
状態。心底疑問を抱き転職。)


新年3日、その年の経済の先行きを提示するような全国紙の1面に取り上げられた佐藤繊維。
それは地元の小さな企業。
だが、取引先は海外の高級ブランドばかり。

佐藤繊維も偉いが、
高級ブランドってやっぱすごいんだなぁと。

極東の小さな会社の、優れた繊維を採用する、
公平な目と力量。
そういう、老舗の伝統を守りつつ、
いい物を取り上げる力量があるからからこそ、
高級ブランドとして生き残っていられるのだなぁと。


老舗の伝統ブランドと、地方の小さな会社。
それって、サッカー界でもある風景だったり。


モンテというクラブの形態は、自分なりに理解はしていたつもりでも、
一昨年、クラブの実情を目の当たりにして、
やっぱ考えるものがあった。

正直、
資金が潤沢なクラブが羨ましく思ったりした。


だけど、今は違う。
「悔しいとかじゃない。それはそれでいいんだ。」
っていうか、そう思えるようになった。
「こうやって、すこしずつ、クラブが成長していけるさまを目の当たりに出来る私は幸せだ。」
と。
事実、去年はそんな年だった。

んで、無理な借金も出来ない形態だからこそ、
クラブは潰れたりする可能性は無い訳で。

今年、他のクラブが無くなりそうになる現実を見て、
その有り難みがわかったしなぁ…。



去年の、寄付集め。

資金が潤沢じゃないなら、
みんなで、募金する!
モンテっぽくていいじゃん!
ああいう取り組み、すごくいい。

去年の市町村の特産品ブース。
市町村とのパイプがある、
社団法人だからこそ出来る事。
あれで初めて食べた山形の味があった。

「おもてなし」。
あれって、賛否両論あるらしいが。
そうなの?賛否両論なの?

あれって、「山形の人って、アウェーサポが来てくれるのが嬉しい」
っていうベースがあるから出来ることで。


モンテはモンテで行こう!

「山形は田舎」と言うけれど。
だからこそできる事がある。

ビッグクラブにはなれなくても。
…っていうか、そもそも、モンテって、
ビッグクラブを目指しては居ない…と思うのだ。

佐藤繊維って、
「手を広げて、今よりももっと大きい会社へ!沢山の収益を!」
とは決して、思っていないような気がする。
「収益が出て、維持できる範囲で」と欲張らなかったからこその成功では…と。
社長の言うように「都会から離れているから独自のものが作れた」
って、すごくリアルな話で、
モンテも、それにすごく近いと思う。

んで、自画自賛かもしんないが
岐阜とか水戸とか、資金が潤沢じゃないJ2クラブの
希望になったのならこれほど嬉しいことは無い。

そういうクラブが必ずしも山形と同じ方法を取る必要はないが、
少しでも、そんなクラブの希望になったなら嬉しい。

涙が出るほど嬉しいぞ。

だって、Jリーグには色んなクラブがあったほうが面白い!
…よね?


どんな補強をしようが、
モンテはモンテのカラーを出せるような気がする。

私個人は、J1初年の去年と同じ位、
わくわくしているんだよね。

私も、仕事上の事だけど、
今年は、ちょっと夢叶える準備の年にしたいなぁ。
今までは、そういう事、斜めに見てたけど。
斜めに見ている場合じゃないなぁ…なんて、
希望を貰った気がしたのでした。


がんばろーね。
がんばれ、モンテ。
がんばれ、働くみんな。
で、また今年、スタで会いましょう!


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佐藤繊維に見るモンテの道
2010-01-16 Sat 23:35
正月3日、家族揃っている時、弟が驚いたように叫んだ。
「全国紙の一面に山形の”佐藤繊維”が載ってるよ!」

実家は、朝日新聞なのだが、
正月早々、一面の「企業新たな自分探し」という記事に、
山形の佐藤繊維という会社が大きく(それもでかい写真入りで)
取り上げられていたのだ。


記事によると、寒河江にある佐藤繊維と言う会社、
オバマ大統領婦人が就任式で着ていたニナ・リッチのカーディガンに
使われていたのが、その佐藤繊維の糸。


紡績関係は殆ど中国に工場を移し、
安い糸が流通し、経営はじり貧だったらしい。


4代目の佐藤社長
(写真で見ると、笑顔が良くて金髪が不思議な感じでとても面白そうな人)
は、「自分達だけのやり方をしないと。」
と必死で考えたそうだ。

独自の糸を作ろうとしたが、
最近のコンピュータ制御の機会ではうまくいかず、
スクラップ同然で買った昭和の機会を改良して
使ったらしい。

勤めていた会社が工場を閉鎖したためリストラされた
その機会を操る技術を持っている人も、
「自分の経験が役立つならもう一度頑張ってみよう」
と、集まってきたとの事。

「技術や経験があるし働きたい人もいっぱいいる。どう生かすかだ。」

「都会から離れているから独自のものが作れた。企業が大きくなればそれなりの市場、収益が必要となるが僕らには地域社会で違った生き方がある。」


その記事を読んで、何かね、
ちょっと感動した。

どん底の日本経済。

企業は、効率化の名の下にさまざまなものを捨ててきた。

んでも、やっぱ日本てそもそも「手作業に優れた国」だと思うんですよ。
伝統あるものや、培われてきたものを簡単に捨てる国が日本で、
だからこそ、そのファジーさでここまで経済が発展できた面も有ると思う。

でも、全ての企業がそうである必要は無い訳で。

んで、この記事を読んで、思ったのは、

これは、ある意味、モンテじゃん!

モンテが目指すものって、これだよね、きっと!

と。


佐藤社長が言う、

都会から離れているから独自のものが作れた。
企業が大きくなればそれなりの市場、
収益が必要となるが僕らには地域社会で違った生き方がある。


って、モンテの行く道でもあるよなぁ!

と。


その2に続く。



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山形で初詣 みなさん、今年もどうぞ宜しくお願いします
2010-01-10 Sun 23:47
毎年、元旦は東京で過ごしていた私達家族。

東京に住んでいる下の弟が仕事が忙しく帰省できないので、
東京で合流

長野の善光寺、浅草の浅草寺、明治神宮のどこかに参拝

「新宿末廣亭」で寄席

横浜の中華街で食事

というのが定番のお正月の過ごし方。
(去年は”生”歌丸を見た。歌丸の落語は間が良く垢抜けていて、歌丸ってめちゃくちゃかっこよかった。)

だが、今年は親も歳を取ったのか、
山形でゆっくりとしたお正月。
(だから下の弟とも会えずじまい)

栗川稲荷神社
元旦

うちの実家は、商売をやっているので、
商売の神様である、上山 栗川稲荷神社へ。


南陽市 熊野大社 

元旦

私、この熊野大社の存在、去年初めて知ったのだが、
「日本三熊野」なんですって!

茅葺屋根がなんともいい雰囲気。


雪が降っているところに、風も吹いて、
んもう寒くて寒くて。

「んぎゃー!!」
と、頭をかきむしりたくなる位、寒かった。

周りの人々はみーんな長靴で、羨ましかった。
(ブーツじゃ滑るし、皮が濡れて冷たくて足が死にそうに)

ウサギの隠し彫り
元旦
元旦

全部見つけると願いがかなうらしいが、
2羽しか見つけられず…ort

この他にも、裏手にはいろんな神社が集まっており、
まるで神社のデパートの様(笑)

近くには宿坊も。
昔は宿坊は33件も有ったらしい。

父が言っていたのだが、
ここは、昔から福島県で信仰が厚く、
福島には、連が有ったそうだ。

にぎわっていた頃には、
福島から南陽まで臨時列車が出ていたとの事(!)

私達が行った元旦にも、
福島からの貸し切りバスが駐車場に停まっていた。

何でお隣の福島で振興があついんだろ。
不思議だなぁ、でも、面白いよね。

玉こん
元旦

やっぱり売っている玉こんにゃく(笑)
初あめも売っていた。


両所の宮
元旦

ここは、私の希望で行ったとこ(笑)

両所の宮(鳥海・月山を奉っているので両所の宮。私達は「お宮さま」と言っている)、
大好きなんだよねー。
温かい感じがして。
あのちょうちんというかぼんぼりがいっぱい燈った時が好き。

山形でも屈指の歴史がある神社。


甘酒ついでもらう
元旦

ここでの楽しみのひとつは、甘酒。

こうやっておんちゃん(おんつっぁん)が
ついでくれる。

甘酒
元旦
元旦

ここの甘酒は、サイコー!

どの位うまいかっつーと、
甘いものが食べられない私でも
「美味しい…!」
と、思う程なんよ。

甘さも砂糖とかじゃない自然の甘さ。

無料で振舞ってくれるのだが、
「ごめんなさい…タダで飲んで…。」
と思う位、
体も心もほっこりする甘酒の味なんである。

(400円位で袋に入ったものもお持ち帰りできる。そうすると、盛大におんちゃん達が三本締めしてくれる、笑)

こんな風に樽に入っている
元旦

両親の知人がこのお宮さまの近所らしいが、
寄付とか結構大変らしい。

どうも有難う。
そのお陰で美味しい甘酒を飲むことが出来ます。

リンクを張らせていただいている「山形市の街並み」に、
去年のお宮さまの大祭の様子が。
人が活き活きと写っている素晴らしい写真ばかりなので、
是非どうぞ→こちら


山形のみなさんは、
どこに初詣に行かれましたか?


そんな感じで明けた今年。

昇格してもやっぱり悲しいことはあると実感してしまったし、
今年も楽な戦いでは無いだろう。

だけども、やっぱりシーズンが始まるのが
楽しみでしょうがない。
期待や希望があるからこそ、
シーズン前の悲しみも乗り越えられる。

県外に居ても、
モンテは私の生活の一部です。

今年もどうぞ宜しくお願いします。




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モンテと共に戦いしレオナルド
2010-01-09 Sat 23:53
「J1に昇格したら、きっと、悲しいことは減る」

ずっと、そう思っていた……のに…!!!


年末、次々と決まっていく選手の契約。

それに加えて、長谷川・西河選手の完全移籍、
ジェフ千葉から下村選手の移籍、
鹿島からの田代、増田選手のレンタル、
などなど、嬉しい知らせが次々届いた。

「やっぱ、J1に残留するって、違うんだなぁ…。」

と、リアルに実感した、今回の年末年始。



そこに、今回のレオナルドの件。

…そりゃあさ、「来年の構想外らしい…」という事を、
去年、このブログで書いた。

(そん時のエントリ→モンテからクリスマスプレゼント、貰った気分。んでレオナルドの事」

あん時はサ、ショックではあったが、
「構想外っていう意味は、レオナルドの事を控えに考えているだけで、契約満了という訳じゃ無いから。」
と、思っていた訳で。


21歳から6年間モンテに居たレオナルド。

言わば、選手として、
一番、いい時期をモンテで過ごしてくれた。



それは、ある日、突然やってきた知らせ。


同情っていうのは、本人に失礼。
モンテというクラブに対しても、失礼。


同情とかとは全然別の部分で、
何かね、心の中で謝っていた。
「ごめんなぁ、レオナルド…。」って。



ずーっとモンテに居るもんだとどこかで思っていた。

モンテは今までずーっと資金的に苦しいクラブだったので、
他のクラブの主要外国人選手よりは、年俸も低かった訳で。

「ごめんね、ほんとはもっとお給料あげたいんだけどね…。」
って思っていた。


去年、怪我でずっと出られなかった時、
試合を観に来ていたレオナルド。
ブラジルから来ていたご家族の方達も一緒だった。

レオナルドは肩を組んで写真を撮ってくれた。
まさか、あの時がレオナルドに接する最後とは思わなかったよ…。

モンテサポがレオナルドの怪我をいたわり、
励ましの言葉をかけたり、
握手をして貰っていたりしていた。

その様子を、レオナルドのご家族は、
とてもとても嬉しそうに見ていた。

こんな温かい家族の中で育ったから、
あのフレンドリーなレオナルドになったのだと思った。



残留争いのジェフ千葉戦。

あれは、ジェフ千葉の選手も足をつる程の、
お互い、走って走って…という壮絶な試合だった。

ホイッスルが鳴った直後、
シミケンに、足を引きずりつつ(股関節が痛かったんだろうなぁ…)
レオナルドが抱きついた。

あの時のレオナルドの表情はねー、
まだ忘れられないんだよ。


嬉しいというよりは、安堵の表情。

心の底から安堵して、
その後に嬉しさがこみ上げてきているような表情。

あの時のレオナルドのその表情を目の前で見て、
レオナルドがどんなキモチで
J1というステージを戦っているのがわかった。



私がNDスタに行くようになったのはおととし。

たった半年だったけど、
J2時代に間に合って良かった。

あの半年、どうやって、どんなキモチで、
選手達がJ2を戦ったのか目の当たりに出来たから。

みんな、昇格したくて、昇格したくて、昇格したくて!
やっと昇格したのだったから。

あの時のレオナルドの涙は、
その象徴。


日本に来るブラジル人選手は沢山居て、
人それぞれ志も違うだろうと思う。

シビアにお金で移籍しても、
それは当たり前だと思うし、
在籍したクラブに愛着を持ってくれる選手もいるし、
人それぞれだと思う。

だけど、それぞれに夢もあるとも思う。


「レオナルド、山形に来て、夢のいくつかは叶ったのかい?」

そう、いつか聞いてみたい気もする。


そしたら、
「J1に昇格して、そこでプレーすると言う、夢のひとつは叶いました。」
って、いつもの真顔で言ってくれそうな気もするが。

レオナルド、モンテに居てくれた事で、
あなたの夢の何パーセントかは叶ったのならいいなぁ…。

ほんとに、ほんとにそうだといいんだけど。

そんな風に思って自分を納得させようとしている、私。
じゃなきゃ、どうすりゃいいっての…。


おととし、レオナルドを始めとするモンテの選手達と、
NDスタに来ていたモンテサポは、
間違い無く、”共通の夢”を見ていたよなぁー。

そんな雰囲気があった。

あの時の気持ちは、今の私の土台になっている。


ありがとね、レオナルド。

モンテのために戦いしレオナルド。



絶対、忘れるもんか!




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